作曲家・ピアニスト・ライター

つれづれ


『ファンファーレ』誌(USA)掲載のロングインタビューからの抜粋

現代の、主要ミュージシャンの一人にインタビューをする好機を得た。ドニ・ルヴァイヤンはルネサンス期の人物に匹敵する。大作曲家、素晴らしいピアニスト、パブリッシャー、プロデューサー、作家。以下が、初公開の、私の質問に対する彼の答えだ。
ピアニストとして、または指揮者として 自作の音楽を演奏する作曲家であるということについて、どう感じていらっしゃいますか。



そうですね、私にはこれはとても自然なことなんです。バロックの時代から、作曲家は音楽を即興し、演奏し、記譜するために使われてきたんです。1960年代には、クラシックの作曲家は楽器演奏よりも抽象的な形式に興味を示しましたが、この問題は、ジャズ、ポップ、ロックなど、作曲家が舞台に立つ分野では通用しないことがお分かりだと思います。

私は、楽器(私にとってはピアノですが)と、精神つまりエスプリの間の、「好循環」というべきものの中にいるのが好きなんです。演奏することは、私の創造プロセスの一部分です。楽器上のジェスチュアと、エクリチュールの作業が一体化することは、西洋音楽の中心となる伝統なんです。

私のピアノコンチェルト《ナルキッソスのエコー》を聴いてみてください。私はこれをピアニストとしてレコーディングしていますが、とくに第一楽章の終わりで、カデンツァを即興演奏しています。クリエーション上中のこの時に、これでいこうこう弾こうと決めるのは、ほんとうにエキサイティングでした。


あなたは、ある人々に言わせれば「ピアノの怪物」です。あなたのテクニックは驚きだというしかないのですが、コンサートピアニストになろうと思っていたことはありましたか?

子供の頃覚えた悪いくせをなくして、新しいジェスチュアでパーソナルにピアノに触れられるように、随分練習しました。コンサートピアニストになるべく、ハードな訓練をしていましたが、26歳の時に、パリのオペラ座バレエ団から初めて作品の委嘱を受けたことがきっかけでやめました。この時私は分岐点に立っていたんです。一生、同じレパートリーを弾き続けていくのか(とくにショパン。これは自分には想像できませんでした)、それとも作曲家としてクリエートしていくのか。ピアノは今でも私のリソースで、毎日弾いていますし、大好きな曲もレコーディングしています(最近リスト、ハイドンをレコーディングしました)。今でも、自作曲をできる限りコンサートで演奏していますが、私はまず何より作曲家です。


あなたは作曲家として分類不可能ですね。独奏器楽曲からバレエ曲、モダン・クラシックというべきものからアヴァンギャルド、ジャズ、ブルースなど、幅広く曲を書いていらっしゃいます。弦楽四重奏曲も書けば、さまざまな電子技術を駆使した曲も書きます。その上、どの曲も、あるスタイルやジャンルを専門にしている人が書いたような印象を受けます。全てが意味をなしています。

私はいろんなことにとても興味を持っていて、伝統的な境界を乗り越えるのが好きなんです。17歳の時、シュトックハウゼン、ヘンドリックス、オーネット・コールマンが、全く同等に私のヒーローでした。爆発しそうな組み合わせですよね! でも今振り返ると、こんなミュージシャンを選んだことは示唆的だと思います。雑多なアイデアやアプローチを統合する力を、自分は持っているのだと思います。私は自分のスタイルをつくるのに、いろいろなジャンルを、あらゆるジャンルを使います。そうしてできたスタイルは、私自身「新フランス音楽」と名付けている、洗練されて手が込んでいるのに大衆的な音楽に、とても近いのです。
私には例えばジャズはとても重要なんです。これは別世界ではなくて、現在の、今の音楽の一つなんです。

例えばサクソフォンの新しいテクニックを習得しようと練習しているとします。すると、サブトーン、マルチフォニック、グリッサンド、スラップや、スメア、フリップなどのイントネーション変化は、全て、ジャズのミュージシャンが考案したものだと、すぐに気づきます。《マンハッタン・ラプソディー》ブックの中の《レ・ザコール・スクレ(秘密の和音)》や、《アトラクシオン》などの私のスコアでは、これらのテクニックを全部聞くことができます。エフェクト(効果)としてではなく、フレージングの一部として使っているのです。現代のオーケストラにおいては、民衆音楽の中で考案された新しいテクニックを全て知っておくことはとても重要です。それが現代的な色彩をつくりあげているのですから。

いわゆる真面目な音楽は、そのルーツである民衆音楽に近いものであり続けなければなりません。それは生き残りの問題なのです。このような特有の傾向は、《インドの優雅な国々》から《ツィガーヌ》に到るまで、フランスの伝統となっています。

あなたはフランスの作曲家というスタンスを取っていますが、それはどういうことですか?単にフランス人の作曲家だということですか、それとも、フランス人作曲家であるということが、グローバル化された現代において、ドイツ人や、ロシア人や、アメリカ人の作曲家に比べて大きな違いを生むような意味を持っているのでしょうか。

全く疑いなく、違いがあります。私たちは皆、グローバル化された場所にいますが、全く同じ言葉を話しているわけではありません。英語とフランス語で表現するとき、同じ考え方はしません。それは音楽でも同じです。音楽では、話法の色彩によって重要な違いが生まれてきます。ドビュッシーは著作『八分音符氏』で、フランス音楽について語っています。彼にとってのフランス音楽の主な長所は、簡潔さ、色彩、明快さなのです。この表現は私にはとても居心地良いものです。
私は、誰にでも聴いてもらえる、洗練された音楽を創りたいと思っています。誰もが聴ける現代の音楽です。
それに、明瞭さでもって、最良のフォームを創るのが好きなんです。
ドビュッシーやラヴェルがそうだったように、私も、あらゆるグループや徒党から独立していて、自分がやりたい創作をしています。独自の決まりを作っているのです。私自身でわかっているのは、ベースとなっているフランス文化の中に、新しいメロディー(《ナルキッソスのエコー》第二楽章)や、新しい和声(《小さな踊り子》の《像》)や、新しいリズム(同組曲の《没落》)や、新しい色彩(《おとぎ話の風景》)が必要だということです。今ここで言うのですが、私は、大変な練習や作業をしていることが周りからわからなくなるまで、たくさん練習・作業をしています。これも、フランスの伝統なんです(ラモーが良い例です)。

子供がクラシック音楽に興味を持つように、非常に多くの時間と努力が割かれていますが、これらの努力の大部分は失敗に終わっています。まるで、この取り組みに関わった人の誰も、今の子供たちをどうやったら惹きつけられるかをわかっていないかのようです。しかしあなたの音楽の大部分は、若い世代を捉えることができているように感じます。あなたの《ネローン・ブルース》を聴いていた時に、子供達が友人グループと一緒に学校から帰ってきたことがあります。皆、音楽のことを「すごいクールだ!」と言っていました。就学年齢の子供達のための音楽や、音楽プロジェクトをつくることにご興味はおありですか。

私はいつも、深く聴くことを奨励しつつ、すぐにわかりやすい音楽であるように心がけています。ですので、あなたがおっしゃったことには驚きません。この曲の場合、エレキギターとクラシックな形式を現代的に混ぜ合わせていることが、子供達には面白いのでしょう。

もちろん、児童のためにも書きます。ジャック・プレヴェールの印象深いテキストに、オーケストラと俳優のための音楽童話を書きました。《オペラ・ド・ラ・リュヌ》(月のオペラ)です。また、7人のミュージシャンと俳優のための別の音楽童話も書きました。これはグリム兄弟のテキストによる《ブレーメンの音楽隊》です。来年、これを子供向けの45分の楽しいショーにして演奏します。若いピアニストのために《小さな手のためのリトル・プレリュード》と言う小品集も書いています。いつか、ブリテンがやったように、子供達による子供達のためのオペラを上演したいと思っています。今年、とっても可愛い孫娘が生まれておじいさんになったんです。おそらくこのことで、もっと子供のための曲を書くことになると思います。

誰かから、あなたの音楽で一番印象的なことはなんですかと聞かれれば、迷わずにオーケストレーションですと答えるでしょう。ラヴェル、リムスキー・コルサコフ、ストラヴィンスキーと同等だと思います。どのようにしてオーケストレーションをここまで習得されたんですか。

リムスキーという点ではあなたに賛成です(最近《アンタール》を読譜しているんです。なんと素晴らしいオーケストレーションでしょう!)。おそらくラヴェルについてもそうでしょうが、ストラヴィンスキーは違います(彼がやっている体系化や彼のとっている立場は好きではないんです)。それにリヒャルト・シュトラウス、とくに交響詩を加えるでしょう。
私は色彩が好きです。新しい音色の混ぜ合わせを考え出すのが好きなんです。私にとって色彩は、まず形式へのアイデアがあってそれを描いてから加えるものではありません。色彩は形式の一部なんです。それに、色彩は、現代的な意味で、形式から出てくるものです。

1970年代のはじめ、まだ駆け出しだった頃、主要楽器を全部弾けるように習いました。パーカッションを理解するためにビブラフォンを、弦楽器を理解するためにチェロを、管楽器ではクラリネットやトロンボーンもやりました。私にとって音楽とは、単なる形式構築でなくて、実践なのです。私は全ての楽器と、全体的な色彩図の中に楽器がもたらすものを、最大限に尊重しています。あらゆる楽器に内在する価値をよく知り尊重していくことで、オーケストレーションに決定的なインパクトが得られるのです。

弦楽四重奏曲とピアノコンチェルトをのぞいて、あなたは伝統的な大形式を避けているように思われます。今までに交響曲を書こうと思われたことはありますか。2曲目のピアノコンチェルトを書くことはできますか。このような大曲を書くのは大変に難しいので、多くの作曲家がこれらの形式から離れていくのはわかるのですが、バレエやオペラ、コンチェルト、《ペイザージュ・ド・コント(童話の風景)》などの成功についで、ドニ・ルヴァイヤンの新しいオーケストラ曲ができれば諸手で歓迎されるのではないでしょうか。

私はオーケストラ曲を書くのが好きですし、大オーケストラも好きですが、その形式は変わります。私は音楽を演劇のように考えています。情熱の言葉、内面表現です。ですので、私には、音楽とは、本質的には映画と同じです。音楽は夢のようなものです。今、マルチトラックを使ってデジタル映画にレコーディングできるようになって、音楽をクリエートできる方法が完全に変わってしまいました。音楽クリエーションは、音響とデジタルという新しい次元で行われるようになっているのです。新しい「好循環」です!他のオケ曲のサンプルを使ってつくった《ドラマ・シンフォニー》や、《レ・クルール・ド・ラ・パロル(言葉の色)》を聴いてみてください。変貌の国に入り込むでしょう。

こんにちでは、伝統的な意味での交響曲をかくのは不可能だと思います。しかし、《ル・リーヴル・デ・トランスフォルマシオン(変貌の書)》という新しい映画シンフォニーを今書いています(どうしてわかったんですか?)。これは私の《トゥランガリラ》で、約28分ほどの大オーケストラ曲です。映画クリエーションの一環としてこれを初演できればと思っています。今いいコミッションを探しているところです。そうです。2曲目のピアノコンチェルトも書こうと思っています(実際、今月書き始める予定です)。聴衆が、あなたと同じくらい熱意を持ってくれるといいのですが!

Interview by Leni Bogat


新しい音楽のために

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こんにちの音楽を創造するためには、響きや形式を刷新するだけでは十分ではなく、同時に、音楽の役割や有用性までも変える必要がある。.

この二重の展開によって、新しい音楽が生まれ、発展してゆくのである。さまざまなグループの中ではよく、現在私たちが体験しているという「音楽語法の危機」を語ることが多い。今まであったものを一切清算しようと決めた私たちの前の世代の音楽家たちは、非常に厳格に探求を行うことと同時に、聴衆を育てる上でとっていた大きな遅れを、もっと言うなら、聴衆との完全なる決別を、私たちに残していった。もし新しいネットワークをつくっていくなら、作品ができたその時点から聴衆との関係を新たにまた必要なものにしていくなら、美学的な問題は今よりずっと自然に、つまり創造的に、提起されていくだろう。危機があるとすれば、それはアイデンティティーの危機ではなく、有用性の危機である。

人々にとって、現代音楽はつまらないと感じることが多い。それは、現代音楽のディスクールにも、焦点にも、構成にも、どの聴衆も自分にあっているという感覚を覚ることができないからだ。新しい音楽が未来を見つめ、一般大衆に向けられる時期に来ている。作曲家が、聴衆は自分自身を投影する対象だと考えることをやめるべき時に来ている。演劇においてヴィラールが創り出した一般大衆に向けた運動が、やっと音楽にも波及すべき時なのだ

軍隊的なたとえ(アヴァンギャルド、つまり前衛)が古くなった今、大海に船出する時だ。新しい音楽が研究室、スタジオから、ゲットーから抜け出すべき時なのだ! 都市のざわめきに、他のアートや上演形態に、現実の世界の現実の支持体に関わっていくべきだ! 音楽探求の結果を、その時代の語りに付き合わせてゆくのだ! 民衆的な動きに浸っていくべきだ! 音楽の力を信じるならば、音楽を電波や映像とともにふんだんに流すべきだ! 今はもはや、預言者然とした芸術家の時代ではなく、都市にきちんと新しい場所を得た、事業家としてのアーティストの時代なのだ。

いわゆる「現代音楽(現代の芸術音楽)」は、「現在の音楽(現在の日常に根付いた音楽)」と呼ばれる音楽を軽蔑の眼差しで見下す。そして「現在の音楽」は「現代音楽」への恐れや羨望を写し返す。これらの音楽は、同じ道具でつくられているのに、だ。私たちの時代は、民衆を対象とした「商業的」音楽と、エリートのための「文化的」音楽の分断に、慣れてしまっている。

クリエーターたちは、現代の音楽芸術に見られるこのような断絶を認めて、芸術官吏になり下がってはならない。このシステムの最悪の害悪は、音楽に、コミュニティーにとって有用な何かを見つける前に、「クラシック」と名付けることではないだろうか。これらのさまざまな世界が統合される時に来ている。

音楽は、疲れたエリートのための文化の付録ではない。それは深い動きであり、魂からつきあがるものであり、純粋な、ドラマを孕んだ想像領域だ。音楽は、体と心をつなぎ、人間をその生存条件につないでゆく。今、音楽が本当の有用性を見出す時に来ている。その有用性とは、趣味を作り上げ、表現を表しゆく、魂と情熱の言葉である

この運動の中では、音楽家(演奏家と言われている人たち)は、実践を探求することに極めて重要な位置を見出す。それは、バロックの時代の音楽家たちが見事にやっていたことだ。このような、音楽に特有な流れの構造が、誇大化された作曲家の役割から放たれなければならない。実践でも理論でも突然変異を起こした人や、演奏する人、書く人、詩人、大道芸人など、他の「著者」たちが音楽のために現れるべき時に来ているのだ。新しい音楽のために、新しい実践を作り出す時なのだ。

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音楽と画像

音楽と画像の「関係」について質問されれば、まず、自分がやりたくないことを放棄することから始める。ありきたりの音楽的説明、いい加減なフィルム編集を埋めるだけの音楽、センチメンタルな音楽などなど、映画館やテレビで残念ながらよく聞かれる「映画音楽」の類だ。地方での現地制作では、音楽は会話に追いやられ、サウンドトラックでも、他の語りの要素よりも会話が優先されている。このような態勢では、音楽は塗り絵のような役割を果たすだけで、語りの構築の中にも、カメラの動きの中にも入り込むことはない。

それでも、音楽が自然に居場所を持っている希少な映画や、音楽が映像と切っても切り離せないようなシーン(そのほとんど全部が、魔法のような素晴らしい場面や、サスペンスや悲劇の場面である)に基づいて言うと、私も次のようなことを想像できる。近代的な大ドラマによくマッチする深い叙情性を持った音楽(完全に使い果たされた古びたヴェリスモ・オペラに取って代わるだろう)や、強力なフィクション(デジタル映像の新技術に引き継がれた)によく合う、スタジオでのテクニック(少ない楽器、大きなヴァラエティに富んだ音色および電子処理)を駆使した、変貌に次ぐ変貌を重ねる音楽。要は、現在の現場に漂う安逸主義に打ちのめされてしまったと感じることを、私は拒否するのだ。

このテーマについては、何らかの理論を認めさせようとしているのではない。ただ、考察に値する少々の経験を持っているだけだ。8年間にわたるアラン・フランソンとの演劇コラボレーション(クリスティアン・コランやミシェル・ディディムとも)や、15本以上の短編映画に参加して、いくつもの直感的印象を現実に確認したのだ。「純粋」音楽と「描写」音楽を何が何でもたて分けようとして、皆、間違いをおかしている。音楽は完全に観念的なものなので、いつも純粋である。しかし、その「肉」が音楽を生き生きとした観念に仕立て上げている。音楽は芸術の中でももっとも観念的でもっともセンシュアルなもので、この二つの長所はおたがいに切り離すことができない。音楽はメタファーを通して、映像と、また舞台と組み合わさってゆく。シチュエーションの内容をつかむことで、作曲家は劇作家にならなければいけない。
音楽は、言葉とゼスチュアの間にあるものを主な糧として、陰に光を当て、光に陰をもたらす。凝縮し、高揚させるのだ。架空のものに、感情に、内面に、観念で語りかけるのだ。音楽がこのように受け入れられている時、上演(映画)においてセリフが語りの唯一の手段でない場合か、または演出家(映画監督)がやはり、言葉にされていないものや、体、照明、スペース、動きとの関係の上からつくり上げてゆく場合にしか、音楽は展開しえない。この時音楽は、欲動的な、ほとんどエネルギーとしてのメタファーの役割を担うのである。

作曲家するということにおいて、映像との仕事は、まず的確さを学ぶことである。とくにオーケストレーションについてそうである。どのような響きを選び、ナレーションスペースのどの場所にこれを置くかは、音楽がドラマにうまく馴染むかどうかに、またこの意味でそれぞれの楽器が持つ詩的かつ象徴的な重みに、大きな影響を及ぼす。そしてこの可能性は、映像と一体化することでより大きなものとなる。これは、想像力を学ぶ場でもある。というのも作曲家は、自身の変貌を遂げるのに、「会場で」(または「映像を見ながら」)ではなく「机の上で」音楽を書くことになるからだ。さらに、簡明な形式を、簡潔化を学ぶ場所でもある。この領域では、音楽展開の新しい形式が使われるのは、おそらく、覇気に満ちた映画監督が、1920年代のコレグラファーのように、楽譜を小節ごとに捉えていきたいと欲した時だろう。つまり、私が楽観主義者(そして忍耐強い)かどうかだ!

フリッツ・ラングの《月世界の女》に取り組んでいた時、適切なメタファーを見つけようと試みていた。音楽(ライブ演奏)が、無声の登場人物たちの顔にとらえられた動きと、私(の音楽がもつ)即時性の間に生まれる、ある種の魔術によって、人物たちに命を吹き込むのだと、私は知っている。語りのリズムは私のリズムではなく、通常以上に作曲をしなければいけない(全く空白をなくすことを頑なに拒否しながら)こともわかっている。自分は相棒だと感じるので、文字通り「付き添う」のだ。(「愛には常にいくらかの心配が付きそう」《ブリタニクス》V/3。訳注:フランス語の動詞「付き添う」には「伴奏する」という意味もある。)
ロマンスもよし、構成主義的フィクションや金鉱神話もよし。近代性への賛歌、そして人間関係における懐古主義。私はこのような混ぜ合わせに動揺し、今ではこれが鳴り響いている。(これはモダンな冒険映画にある混ぜ合わせではないか)。そう。この取り組みは、他の実践を探し求める音楽家としての私の道においては、重要なステップなのだ。

1994年10月15日


Three Motifs for Jazz

1 - Rythm and metre

Jazz is not allegorical. It literally translates for us a few musical terms weighted down by European use, such as a tempo. If we must come back to this, it is because we have got away from it. Jazz comes back to beat, tempo and scansion.

Jazz, and the experience of improvisation that arose from it, especially gave its true meaning back to the word "rhythm": a quality of discourse. Indeed, according to the dictionary, rhythm is produced above all by a succession of accented and unaccented syllables, i.e., in musical parlance, a succession of fortes and pianos at certain intervals of time. Whether these are regular or not is, when all is said and done, a secondary question. However, common usage in European music would have us speak of a "triple-time rhythm" to evoke the metre of the waltz, and thus we will think more in terms of number (of beats, or syllables in the discourse) than the figures formed. Therefore, jazz teaches us again that rhythm is indeed a certain art of accentuation - Bud.

Let us transcribe some sophisticated chorus and have it played by an instrumentalist not trained in jazz. Regardless of however perfect the rhythmic and melodic placement might be, there's a good chance that the sense of what is called "swing" will be lacking. By analysing pitches, it can be proved that this feeling exists when the sonority itself is affected, i.e., the timbre varies from one note to the next, irregularly. Here, jazz informs us about the inextricable relationships of what are called the "parameters" of sound. Pitch, timbre and dynamics are indissociable in musical listening that is drawn more to figures than to the structures of the discourse.

What is radical in jazz lies in going from one beat to another, this balance that is created as much by economy, gaps in the beat (Monk) as by abundance or submersion (Coltrane). Here we find the oratorical idea of the number associated with the more or less broad rhythm of the phrase. We are fairly far from the European vision of "jazzed-up" music, this hopping Vivaldi, this curious way of scanning jazz in recent schools here, where you learn to pronounce a standard rhythm on no matter what phrasing, in whatever metre, at whatever tempo. In this deformation, I see a contrario proof of the reduction of rhythm to metre in European music.


2 - Gesture and word

In the consecrated places, the temple-clubs, prophetess-blowers go out on stage, prophet-fans surround them, gathering the phrases that slip out, interpreting them, and we have oracles. Thus is born the myth of jazz, an oracular art.

Reason would want to drive the oracle out of the temple and make its own miracles. Write jazz? But write what about jazz? Its colours, its breaks, its impurities, or its gimmicks, its facility, its successes? Wanting to write jazz is wanting to give it a share of the universal of which it would be, by birth, deprived, as if born in a wasteland. But jazz is anything but vague: it is articulate, accented, precise. It is rhythm. It is urban and lives in a cultivated area.

Of course, the question of form is essential, and one often stumbles over that. Some prepare themselves to such a degree that you have the impression of listening to a recited text. Others wait for the full effect of surprise and, from concert to concert, exhaust a small pool of quotations. Very few master the sense of the variation held out towards a unique goal (Parker). For jazz is an art in a class of its own, demanding both the sense of rigorous development and that of sudden appearance, the explosion of the instant.

At this level of playing, improvising is writing. Jazz is a pragmatic art, in which the way form is handled is organised at the time. This technique can be worked on like any other writing technique. I have often been struck by the similarity of the terms used in certain improvisation treatises (of which there are hundreds in the United States) to those used by Arnold Schoenberg in his California period. The method used is parallel, particularly for everything relating to the notion of motif (motivic form, outline, melodic pattern), given by jazz teachers and basic composition teachers as the constitutive foundation of all development. A good motif will thus be one that best concentrates in itself an ensemble of characters that are at once rhythmic, melodic and dynamic, allowing the form to spread.

Improvising in this mobility assuredly constitutes an excellent composition exercise. Simply, jazz reminds us that the first gesture is often diabolically appropriate and that this rapid appropriateness of speech contrasts irremediably with the slowness of writing. But does one expect a conversation to be as structured as a speech? (Ornette)


3 - Hybrid modernity

Jazz is questioning. Its masters leave a question- Duke, Bird -whereas European art, in large part, answers the questions it asks (Bach).

In Europe, jazz asks the essential question of the invention of writing, the deadly cult of the past. It offers to reread its History live, here and now: who knows whether, someday, a musical system won't feed on the minuscule differences detectable between two interpretations of a chorus by Parker, as today with Chopin Mazurkas? And who can say if Chopin were alive today he wouldn't be playing in a club?

Conversely, in America jazz poses the ongoing question of modernity, the preference for the copy over the original, and the adaptation of aesthetic forms to the market (Miles).

For jazz is, by its make up, ambivalent. It profoundly influenced all the "serious" music of the 20th century—beyond borrowings and quotations, one might detect this influence in instrumental writing (those traits of energy), in the timbre of the orchestra (those brass and percussion), in the refreshed sense given to accentuation and colour (those brainwaves) - not to mention its direct influence on a whole generation of interpreters and composers. Moreover, and in the same constitutive movement, jazz disappears into the commonplace, the facile, the déjà-entendu (the drawing room). If you wish to caricature the "jazz style", you know full well that it suffices to sketch a walking-bass line, bedoum-doum-doum. This is indeed a signature that is too direct (literal) for many minds more inclined to the formal.
Jazz does not have this same post-mortem relationship with itself that European music still nurtures. It assimilates its past as it grows older and invokes yesterday to stimulate today. A hybrid, ambivalent, post-modern Janus before its time, jazz feeds on time and all times.

For these three motifs and a few other secrets, at present I would no longer be able to put this sophisticated dance of the century out of my mind.

30/03/1999


二重のフォームによる覚書

(『音楽即興』第2版への序文)

この本は、当時の世代がそれまでとは違った考え方、やり方、生き方(音楽もその他のことも)を探り続けていた「ポスト1968年」という、激動の1970年代に生まれた。もちろん、そのトーンや色やタッチはその時のもので、こんにちではその「時代遅れ」なさまが心地よく響いている。しかしながら、そのテーマには驚くほど存在感があり、『音楽即興』は、その社会学的・伝記的なオリジンから解放された15年後の現在でも、ついこの前書かれた本のごとく読む価値がある。不変のことがらについて触れながら、音楽性を語っているからである。

もちろん、全てが変わった。初版の時代に比べると、即興演奏は教育の場を得たし、いわゆる「現代」音楽による常軌を逸した破壊は今は放棄されている。作曲家たちは再び楽器を使うようになり、謙虚なバッハの息子たちのごとく、昔からのやり方に戻った。演奏家たちは顔をあげ、ワールドミュージックの演奏家は、楽曲分析の教授たちから人間以下と考えられることもなくなった。皆、本当に喜んで気兼ねなく体を動かしている。

もちろん、何も変わっていない。即興演奏は、高等音楽教育の場では非常にマージナルなものとしてしか居場所がない。例えば、ハープシコードで通奏低音を学ぶ時のような、必須の場でしか容認されていない。それも、バロック音楽が売れるおかげだ。「即興による音楽」のクリエーターは、まだまだ肩身が狭いのだ。リズム文化は萎縮しており、全てを詳細に記載することを主張するアーティストとの交換の場は全くない。

議論はまだまだ続いている。もしかしたら、私たちは今やっと、形式主義に覆われた鉄器時代から抜け出しつつあるところなのかもしれない。創造へ向かいたいという多くの人々の欲望を壊した新しい「アルス・ノーヴァ」という形式主義から。私たちは、音楽は「思考」だけでつくられ(アルス・スペクラティーヴァ?)、演奏家は、楽器でそれを再現するだけ(アルス・プラクティーカ?)と信じさせられてきた。なんという単略化だろう。考えと道具(楽器)の間に、耐え難い隔たりがつくられてしまったのだ。真摯に、自分の生きている時代の音楽に接近しようと試みた才能ある音楽家が、どこで演奏しているか見てみればよい。ジャズやロックなどの他の場所にいる。バロックに転向した人も大勢いる。

多くの音楽家にとって、即興が、音楽という正式な病気に対する薬としての深い体験となり、音楽における刷新の試金石であり続けていることは理解できる。その実践にあたって、音楽家は、不変の要素に触れる必要がある。つまり、周辺(楽器)から入って、中心(言葉)を目指すのである。即興は、身体的なオリジンの痕跡を保っていて、その両義性が本質となっている。つまり、精神、エスプリは、体から情報を得るのだ。音楽家は、即興することによって少しずつ自分自身の言葉に馴染んでゆく。だから、即興は極めて貴重なのである。

即興が精神のジェスチュアに変化するのは、また別の話だ。即興が音楽カテゴリーとして「即興音楽」というべき動きをつくったかには疑問がある。一部の人々が闘いの道具のごとく独占したこの本ではあるが、この中では、即興から生まれた審美のようなものは全く定義していない。こんにちの即興演奏家が、自分を作曲家だと言うのは、また別の、時代のサインだ。私自身、ピアニストと作曲家という二つの活動に悩んできたので、彼らを批判するすべもないが、それでも、楽器演奏のためのエクリチュールが、形式へのヴィジョンをつくりあげるのに十分だとは全く考えたことがない。このように、さまざまなカテゴリーはまだまだ明瞭化されにくいのだが、この本は時に、あまりにも浅く読まれているという感がある。

それというのも、今は変化への深い動きの初期で、あまりにも多くのものがこれまでの習慣から消し去られてしまった! しかし体から心へ、即興から作曲へ、楽器からエクリチュールへたどる道のりは、何と快いものだろう! そこには、予期しなかったことや、思いがけない発見や、明解さがあふれている! 自由に考えるために、 音楽家は即興をする。まるで哲学者が散歩するように。即興は、孤独の中で行われるなら、根付いて強固なものとなれ。集団で行われるなら、糧となれ。しかし、間違わないで欲しいのは、たくさんの人に囲まれていても、マイルスは一人で笑うということだ。演奏家が即興をする。そして、即興しながら、自身のバックボーン文化の過去に出会い、世界中の音楽に出会うのだ。このような過程は必要ないなどと、誰が言い張ることができよう?

私はこの本がまた、(即興から生まれた)最近の作曲のリソース研究として、(即興を通した)音楽史の新しい解読書として、そして(即興に呼び起こされた)音楽性についての考察として、読まれて欲しい。サブタイトルとして、「新しいバロック時代のために」とつけることもできるだろう。形式主義的な、組み合わせ理論的な、構造主義的な(罪悪感でいっぱいの、醜く退屈な)古めかしい実践をひっくり返すような、このルネサンスを感じないだろうか? 楽しみと厳格さ、体と心、感覚と物語、高尚なものと大衆的なものなどの間に、新しいバランスを感じはしないだろうか? この本は、即興というフィルターを通して、このようなルネサンス運動を誘うのである。これまでとは違った有用性をつくっていこうではないか。


 ドニ・ルヴァイヤン
1995年12月


エンキ・ビラル 舞台装飾家

《O.P.A.ミア》でエンキ・ビラルとコラボレーションした時に一番強烈な印象を受けたのは、舞台装置が(ジュヌヴィリエ劇場に)やっと全部設置されて、少々「荒削りされた」音を流した時だった。最初の効果、歌っている声のミキシングをそれ相応のボリュームで聞いた時だ。

その時、私たちは間違っていなかったとわかった。彼の世界と私の世界は、深いコネクションで結ばれていた。音楽に、私が探していた、未来を予測する変貌した現実という、よく見合う映像(イメージ)が見つかったのだ。

ラジオ・フランスで《アナウンサー》を放送した時、ある同僚が、まるで漫画みたいだと言った。(「注意したまえ、これは批判ではなくて、良質の漫画のことだ。誤解なきよう」と。) 現代のインテリが漫画を扱うさまは、17世紀の文学界が、生まれたばかりの小説という分野を迎えた様子に似ている。すなわち、まだ芸術として受け入れられていない「何か」を少々見下して扱っているのだ。確かに、漫画と言っても、面白くないミニコミ誌から、ビラルを含めた何人かの作家による見事なグラフィック作品まで、いろいろある。

しかし音楽も、なんでもかんでもできるシンセサイザーで適当につくったものから、作曲する際にまだまだ必要な、内省的な技芸者による芸術まで、いろいろありはしないか?同じインテリたちは、現在「マイナー」とされている音楽ジャンル ー 思い浮かぶのは、映像と結びついた音楽、つまり、「映画音楽」という言葉のもとに、商売人によって曲げられた現代の新しい芸術だ ー に対しても、れっきとしたものでないと、同じように疑ってはいまいか?

エンキが創り出すものは、つい最近まで「イラスト」と呼ばれていた。《O.P.A.ミア》での私たちの創作例は、このカテゴリーに異議を申し立てるものだ。登場人物は存在していたし、役柄も書かれていた。音楽は写譜されていたが、ドラマ性ある性格付けがまだできていなかった。金の神様サニー・キャッシュと、真実の女神スフィンクスは、エンキが、私のオペラに「映像」を創り出すことに合意した日に初めて生まれたということができる。ファム・ピエージュ(「策略の女」の意)の都市アングラに迷い込んだ神々という彼のヴィジョンが、私のヴィジョンを駆り立てたのだ。しかしこの場合、誰が何に画像付けするのか? エンキは舞台デコレーターではない。彼とは、劇作法について延々と議論をかわしながら作業をするのでもなく、プロジェクトを飽きるほどやりなおすこともない。彼はセンシビリティーで近づいてくるのだ。それは、あまりラフをやらない猫だ。彼は《O.P.A.ミア》を通して自身の創作を続けたのだ。画家のごとく。

私は音楽を舞台にかけて15年になる。多くの作品をコラボレーションによって実現してきた。もっとも効果的なのはいつも、自分の世界を手の内にした人々が出会うことで、できたものだった。しかし通常、共同の目標のために仕事をすると、芸術は道から外れていく。

先ほど触れた、芸術の機能という概念に関する隔たりが、いつかおのずからなくなっていくと請け合おう。

さらには、次の世紀には、芸術のためだけの芸術という概念は、孫の世代には笑い事となっていて、デザイン、映像音楽、ナレーショングラフィック(どちらかというと漫画?)などが、市場を占めているであろうことさえ請け合おう。それまでは、私自身は、今持っている多面性(ショーアートとしての音楽)を続けていこうと固く決意している。その中でエンキのような他の多面人間(彼は、彼自身が言っているように「活用変化」の傾向があり、多くの媒体で創作している)に出会うことができる。彼が私と道を共にしてくれたことに感謝している。彼との出会いを作り上げたいろいろな思い出が蘇ってくる。私のオーケストラ譜に引きつけられていたエンキ(「このフォーマットが羨ましい」と言っていた)、舞台制作チームの全員にいつも注意を払っていたこと、照明を調整している間、的確に色合いを決めていたこと、アヴィニョン(の演劇祭)で、メディアに対して安定した存在を保っていたこと。そして、 私の曲を歌うために、初めて絵にボリュームをつけて劇場の舞台の上にのせることを承諾してくれたことに感謝している。


ドニ・ルヴァイヤン
1991年9月20日

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